Frank-Cachet E-Book

公募出稿作品は『商社マン綾野高次』(長編ミステリー)『ハグル』(長編スパイ小説)『税金兵衛』(短編)です。当ブログにて連載中の小説はフィクションであり、登場する人物・団体名等は全て架空のものです〜


【連載1分推理小説】「ジャニター」〜商社編〜(1)-(6)

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短編ミステリー電子出版予定作品


インターネット作家としてデビューしたブログマスターのFrank Yoshida―ミステリーノベルにまた新たな1ページを開く!

(1)〜冬到来〜


 今晩は雪が降るかもしれない。
 響子ちゃんが言った通りだ。寒いのなんのって。もうすぐクリスマスだから、当たり前といえば当たり前だけど、去年の暖冬からしたら、今年は底冷えのする冬になりそうだ。越冬が辛くなるって言えば大袈裟かな。
 身体を丸めてス−パ−か…情けないな、本当。
 でもちょっと前、響子ちゃんがわざわざ《今晩は寒くなるよ》なんてメールくれたもんだから嬉しかった。バツイチへの思いやりだったりして。
 いつもの日曜の夜、8時10分前。
 近くのス−パ−が眼の前に現れた。微妙な時間だ。
 1階の食料品売り場はまだ半額の値札を貼ってないだろうし、逆にのんびりしていると、4階の3個1パックの牛乳石鹸半額セ−ルも売切れてしまっているかもしれない。
 銀行の残金5万4千円。
 なんとかなるかで送ってきた人生、今回も何とかなるか、な?
 正面の自動ドアが開いて、食料品売り場が見えたとたん、4階に上がる気力がなくなった。たかが200円安いからといって、今日石鹸を買わないといけない理由はないじゃないか。
 安いから?
 必要なとき買えばいい、だろう?
 結局、コロッケ2個入りのパックと、天ぷらうどんセットの計300円ちょいの買い物で夕飯をすませることにした。
 レジで並んでいたら、近くのお弁当屋のおばちゃんが隣のレジで並んでいるのを発見。
「こんにちは!」と言うつもりが声にならず、結局頭だけ下げた。
 このスーパーも何回来たんだろう?
 もうそろそろこのスーパーもいいかな、なんて毎回来るたびに思っているけど、結局近いからいつもここに来ちゃうんだな。
 明日は大阪に出て、ちょい仕事。
 いや正確には今晩から。
 寒くなるから、厚着をして行こう。
 出来れば6桁の貯金でもって、正月を迎えたいものだ。

(2)〜ユニフォーム〜


 そろそろユニフォームを洗わないと、汚れがかなり目立ってきた。
 躊躇するにはそれなりの訳があるけど、それにしても、汚れた服を綺麗に折り畳んで、真っさらなショルダーバックに入れるというのも限界だ。
 色だってよくあるマリンブルー。
 笑っちゃうな、本当。
 響子ちゃんならこんな仕事着の僕を見ても、きっと「似合ってるよ」って言ってくれそうだけど、特急列車の車内、隣に座っているブランド好きのお姉系にかかったら、キモイって言われるのが落ちだろうな。
 実際キモイのは、香水がやたらきついお姉さんの方だと思うけど。
 大阪の梅田で地下鉄に乗り換えて二駅目。5346.jpg
 御堂筋線はよく知ってるけど、夜11時過ぎからの事務所勤務は久しぶり。
 地下鉄の出口を出て、御堂筋沿いに梅田方向に戻りながら、大手都銀の横を通り過ぎる。
 笑っちゃいけないんだけど、銀行の二文字を見て思わずニンマリ。
 あれから早2年…何とかなるもんだ。
 二つ目の筋を右手に折れ、消えかかった街灯に何とか見守もられながら、50メ−トル程進んだ。
 昨日の昼間はこの辺りに残飯を漁るホ−ムレスが結構いたけど、この時間ともなるとさすがにいない。風邪でもひいたら大変だからね。
 目印の電信柱が右手に見えた。
―愛のキューピット、お電話下さい!―
 如何にも怪しいピンクの看板。縦書きの黒文字が右斜めに5度ほど傾いている。やたらくっきりと浮かび上がった電話番号。みんな生きてるんだ、何がしかの仕事をしながら。
 看板横のビル名は予定通り“サムチャックビル”。管理人の名前が“シェリー滋賀子”だからこれも間違いない。
 看板といい管理人名といい怪しいことだらけだけど、まあ僕の仕事には関係ない。
 ショルダーバックから正面玄関の鍵を出しアンロック。扉を押して真っ暗な入り口にフラッシュライトを当てた。左手の壁に蛍光灯のスイッチがあり、全部オンにした。
 テナントの名前が木製のボードに黒字で印刷してある。
 上から順番に目視して、20社目ぐらいにお目当ての会社名を見つけた。
―ドナトレーディング―
 エレベーターのないビルなんて、古いな。
 階段を上がりながらビル内がどんどん明るくなっていく。
 今日もユニフォームが汚れている。

(3)〜オンデューティー〜


 ドナトレーディングは2階にあるからまだ良かった。
 今迄で最悪だったのは、摩天楼のようなビルの最上階、それも屋上で仕事なんてのもあった。エレベーターは全基ストップで、いや正確に言えば機能を全て停止させたんだけれど、非常階段をゆっくりとじゃなく駆け足で、確か30階まで上らなければならなかった。
 その時の状況に比べれば今日はずっとましだけど、逆に障害が無い分、仕事に気だるさを感じちゃうなんて言ったら、ちょっと贅沢かな。…でも肉体的にだよ。
 2階の全部屋を占領しているドナトレーディング。と言うと何だか大手商社のように聞こえるかもしれないけど、実際、この建物自体10階建ての縦長のビルで、各階3部屋しかないから、テナントの古株で賃料を安くして貰って長年居座っていると言った方が適切かもしれない。
 2階に上がってすぐ左手にあるのは畳10帖ほどの大きさの社長室兼ショールーム。それから右手奥の6帖ほどの事務室。最後に右手どん突きの4帖半ぐらいの女子更衣室の3部屋だ。g10.jpg
 左手一番奥にある男子トイレに入り、早速ユニフォームに着替えた。
 プライドを持って仕事している?って訊かれたら“もちろん!”と答えるだろうけど、あまり割りのいい仕事とも思えない。いつも人気の無い所で仕事をするから、結構侘しくなるんだよ。
 先程の懐中電灯をポケットに入れ、制帽を被りいざ出陣。
 ユニフォームと帽子に刺繍された会社名が“マイティーセキュリティ”。何だかテキサス風の名前と思わない? 大分前、アメリカのテキサスの人と食事をしたことがあったけど、天ぷらをご馳走したら、カウボーイハットを被った彼が、「Mighty fine!(メッチャ、ウマイよ!)」と言ってたから、テキサスの人はこの“Mighty”という単語がきっと好きなんだ。力強い印象を与えるからね。
 今更清掃の時間でもあるまいし、見回りから仕事を始めるけど、取り立てて段取りを決めているわけじゃない。まあ、ドナトレーディングに限って言えば、階段上がってすぐの社長室あたりから始まって、最後は女子更衣室で見回り終わりというのが筋だろう。
 社長室のある元来た方向にコツコツと音を立てながら歩き始めた。病院だったら、おっかなくて独りでこんな仕事できたもんじゃないけど、事務所だったら大丈夫、と強がりを言いたいところだけど、実はそうでもない。
 あと5メートルと近づいた時、靴音が重なるのが分かった。
「そうか」
 自分に言い聞かせた。
 身構えた姿勢はとらず、そのまま歩く。
 ダークブラウンのスーツを着た男性がキーチェインの音を鳴らしながら、階段を上がってきた。
 口髭をたくわえ、黒ぶちの眼鏡をかけている。
「こんばんわ!」
 僕から声を掛けた。
 そして返事を待った。
 薄気味悪い透き通った表情がかえってきた。
「あれ!?―」。男が口を開けて驚いている。
「こんな夜中から、大変ですね」
「いや…いつもの守衛さんと違うね」
 予想通りの質問だった。
「ええ。何か熱を出したみたいで、代わりです」
「そうか」
 男は僕の横を通り過ぎて、右手の事務室に向かった。
 ガチャガチャと2、3回音を立てドアを開けた。
「守衛さん、1時間ほどで終われると思うけど、暇だろうから女子更衣室でテレビでも見ててくれていいよ」
 僕は素直に「はい」と返事したものの、女子更衣室は気が引けるので、考え直して「ショールームにお邪魔してもいいですか?」と訊き返した。
 男の返事はOKだったが、「大事なものがあるから、絶対に触れないように」と蛇のような眼で僕に警告した。
 1時間か、なるほど。でも彼は1時間も何をするんだろう?
 僕はズボンの腰のあたりに吊るしたものを確かめて、ショールームに入った。

(4)〜ショールーム〜


 室内の蛍光灯を点け、全体を見渡した。何だか殺風景で、落ち着けそうにない。
 ショールームの棚にあるのは、蛍光灯やバルブばかり。色物と言っても、延長コードの色違いだけで、こんなの年中海外に出していてよくも飽きないなと感心すらするぐらい…“飽きない”と“商”のくだらない駄洒落が思いついて、我ながら鼻で笑ってしまった。
「商社か―」200601171903.jpg
 ふと出た言葉だけど、とっても重く感じちゃった。
 ビルと隣接している西向きの窓のブラインドが微妙に揺れている。
「開いてるの?」
 独り言が独り言でないような響きがあった。
 ブラインド裏のサッシをチェックする。
「やっぱり」
 アンロックになっているノブに手を掛けた瞬間、右手にピリッと静電気が走った。
 僕はおもて面が良い分、心が冷たいってよく旧友から言われるけど、当たってるかも。
 只、静電気を帯びる度に《心を温かくしなさい!》って神様から言われている様で、結構この現象を素直に受け入れている僕である。だから今晩の仕事だって―。
 木製の古びた応接セットがど真ん中を占領している。
 不似合いのようで、それでいて物質主義的なサンプルとマッチングしている。不自然じゃないところが、摩訶不思議。
 アームレストが付いた一人用の椅子に腰掛け、沈思熟考した。
 瞼を閉じて頭に浮かぶもの。
 机、椅子、引出し、ロッカー、棚、スレート、サンプル…それに額縁。ん? あ、そうか。カタログもあるな。
 眼を開けたらコンタクトがめちゃくちゃドライになっていた。座っている応接セットが霞んで見える。この応接セットの運命や何処に。
粗大ゴミになっちゃうんだ、きっと…。
「ヨイショっと!」
 太平洋戦争の最中、陸軍兵士だった親父の眼の前でこんなこと言ったら、「弛んどる!!」とどやされるに決まってるけど、重い腰を上げる気分に変わりはなかった。
 社長室の机の上は、驚くほどきちっと整理整頓されている。
 あるべきところにある、あるべき角度にあるって感じ。小学校のお片づけの後みたいで、ニヤッとしちゃった。
 一枚の白い封筒が、金属製の鉛筆立ての中に放り込んである。
 糊付けしていない白い封筒。ちょこっと中身を覗いてみる。
―2006年度報奨金授与リスト―
 男女含めて3名。正確には男子1名、女子2名の名前が記されている。
 男子の名前の上には《特別報奨》と書かれている。これだけやたら文字が大きい。
 まあ詮索はこれぐらいにして、封筒を元の場所に戻しておこう。
 あれー、もう11時半。今日の夜勤は5千円プラス交通費。1時間の仕事だから、まあこんなところだろうけど、12時に終わって後片付けして終電に間に合うかどうか。
 僕は大丈夫、心配ご無用! 男だからって? まあ、そんなところかな。
 僕はドアをロックして、ショールームを出た。

(5)〜夜勤〜


「あのー」
 僕は事務室のドアをノックした。
 返事がない。
「失礼します」
 ゆっくりとノブを回し、ドアを開けた。
 男の姿が見えない。
「おられますか?」
 少し裏声になったけど、男の耳に届いた。
「な、何だ」
 ドアから離れた左手一番奥の社長用事務机の下から声が聞こえてきた。2714701271.jpg
 机の端から髭面の顔を覗かせた。
「す、すまん。今、何時だ?」
「11時半過ぎです。まだ大丈夫ですけど」
「きみ、良かったら、自販で温かいコーヒーでも買ってきなさい」
 男は千円札を一枚差し出した。
「どうせ―」
「何か言ったか?」
「いや、僕がだしときます」
「守衛がコーヒーをご馳走するなんて、聞いたことないぞ」
 男はニコッとした。
「社長は何になさいます?」
「じゃあ、甘えて、“微糖”のコーヒーを頼む」
「分かりました」と返事した瞬間、男が差し出していた千円札がふわふわとフロアに落ち、事務机の下に滑り込んだ。
「ありましたか?」
 僕は男に近づいたが、千円札が見当たらない。
 男は黙っている。
 机の下は、書類の山。英語じゃない文字が書類に印刷されている。
 男が僕の眼を睨んだ。何か言いたそうだったけど、僕は普通の調子でこう言った。
「横文字はさっぱりですね」
 男は口を噤んで、そそくさと書類を片付け始めた。
 結局、温かい缶コーヒーを買って事務所に戻ってきたのは、15分も過ぎてからだった。
「遅かったな。眼の前になかった?」
「いいえ。大分探しました」
「おかしいな」
 僕は微糖のコーヒーを男の机に置いた。
「ありがとう。飲み終わったら帰ろうか」
「ええ」
 僕は素直に返事した。
 コーヒーを飲んでいる間も、男の視線がめまぐるしく動いている。きっと考え事をしているんだ。忙しくしていないと落ち着かないのが、中小企業の―。いや、やめておく。
「明日は早いんですか?」
「え?」
「いや、何時に出勤なさるんですか?」
「どうかな。人の居ない時の方がゆっくり仕事できるからな」
「じゃあ、早朝ですか?」
「……」
 男は黙った。
 僕は一気に缶コーヒーを飲み干した。
 男が帰り支度を始めた。缶コーヒーは残ったままである。
「後は私が締めて帰りますけど」
「すまんな、これだけのためにわざわざ」
「仕事ですから」
 男は僕の横をスーッと通り過ぎ事務所をあとにした。
すぐさま電気を消してドアをロックした。
「君も、もう帰るんだろう?」
僕にかぶりをふった。
「ええ、すぐに」
「じゃあ、お先!」
 男の去る足音が、来たときと比べて軽くなっているように感じた。
「商社か―」
 また溜息まじりの独り言。
 もう、彼と会うことはないだろう、きっと。
 それも一生。
 腕時計は午前0時を過ぎている。
 終電に間に合うかって? 大丈夫。
 表玄関のドアをロックした僕は、男の背中を見送り、その場で踵をかえした。

(6)〜初出社〜


 それから2週間経った月曜の朝、僕はドナトレーディングに初出社した。
 仕事は貿易事務のバイト。守衛じゃない。
―前の仕事は?―そう訊かれると思った。もちろん続けてるよ、でも今はちょっと―。
 9時出勤の朝礼無し。出社するなり全員事務室に入って仕事をし始めている。
「おはようございます」
「オエッス!」
 事務室にいる社員全員に声を掛けたけど、男連中の返事はこの有様。二人いる女子社員からは返事すら帰ってこない。「仕事は挨拶が基本だ」ってよくいわれるけど、この会社に限っては当て嵌まらないみたい。
 見たところ、若い女子社員二人が毎朝お茶当番のようだ。
 ひとりは30過ぎで、背丈が170センチぐらいある角ばった顔の女性。もうひとりは20代後半で身長160弱、特徴といえば無表情なところ。この子は名前もきっと暗いんだろうな。そんなことを想像しながら、給仕する姿を眼で追った。
 本当はあとひとり女性がいるんだけど、今日はまだ出社していない。銀行に寄ってから来るみたい。
 僕の机は、前の前、要は一番前。バイトだからね。先ほどの女子社員二人は僕と同じく最前列の左側2列席に隣同士座った。こそこそと何か内緒話をしている。角ばった顔の女性の方が僕を見て、ニコッと笑った。
 曲がりなりにも商社だから、バイトの僕もスーツを着なきゃならない。元々5桁の貯金しかなかった僕は、この2週間、日払いの仕事で食い繋ぎ、超格安のスーツを買った。
 驚いちゃいけないよ。スリーピースで500円、500円だ。バザーで買った、ちょっといわくつきの“物”(ぶつ)だから、当然といえば当然かな。
 みんな黙々と仕事をし始めたのはいいけど、誰も仕事の指示をしてくれない。
 僕は仕方なく、後ろの席に座っている20代半ばの男性に声を掛けた。
「すみません。何か手伝うことありますか?」
「ああ。いや、別にないですけど」
 年上に見えたのか、僕に敬語で答えた。
「バイトですから、何かしないとまずいですよね」
「まあ、もう少ししたら、社長がきますから、それからでも」
 みんな僕に関心がないみたい。僕はいいけど、この会社やるきがあるのか疑ってしまう。
 30分ほどして、やっとコピー取りの仕事が回ってきた頃、事務室のドアが勢いよくあいた。
「おはよう!」
 身長160センチほどの小柄な男性が眼の前に現われた。
「オエッス!」
 相手が社長であろうが、挨拶の程度は変わらないようだ。
「あ、君か」
 斜交いに僕を見た。正直いっていやな目をしている。
「宜しくお願いします」
「ああ。…後で仕事をどっさりやるから、今はちょっとそこに座っていてくれ」
「はい」
 ぽっちゃりとした顔に眼鏡を掛けている分、一見優しそうに見えるが、眼鏡の奥に潜む濁った瞳が少し気になった。
 社長が一番後ろの席に着いたのと同時に、僕も席に着いた。
 女子社員二人が、ちらちらと社長の前の空席に目を遣っている。
 暫らくして、ハイヒールの靴音が近づいてきた。
「おはよう〜」
 満面の笑みを浮べた女性が、社長を意識しながら挨拶した。
「おはようございます」
 社員みんなの挨拶が豹変した。

(つづく)

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  1. 2007/01/03(水) 18:28:05|
  2. 「ジャニター」

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